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プロフィール

サイト構築から約半年、改めてサイト紹介・自己紹介していこうかなと思います!

目次

「頑張らないくらし」について

私自身、結構真面目で頑張り屋です。

でも体がそれについてこなかった。

万年アレルギー体質・・
偏頭痛
生理不順

若い頃はそれでも、仕事やプライベートも「ちゃんと」しようとしてた。

私なりに親に負担をかけないように、ふらふらしながらも自分の足で立って生きてきたつもり。

でも少しずつ、抑圧している何かのせいでひずみが生まれてたんだと思う。

仕事・家事を一生懸命こなしながら、子供が欲しいと思って頑張ったんだけどなかなかできなくて。

「自分を大切にする」ことを意識して体を整えたら、一年くらいで双子がやってきた。

とっても嬉しかったけど、初育児での双子育児は想像の数十倍キツい。

育児の楽しさを一切噛みしめられない苦しい生活を1年以上過ごし、二度と会えない大切な時間を捨ててきてしまった。

苦しむ中で「何が自分を追いつめてるのか」を良く考えた。

自分が「何にしがみついているのか」を考えた。

金銭面で苦しい中、必死に大学に行かせてくれた両親のためにも、ちゃんと働き続けていたい

誰に紹介しても恥ずかしくない、素敵な旦那さんと結婚して子供を育てる

こんな私と結婚してくれた旦那さんの為、可愛い子供を産んで、ちゃんと子育てを頑張る

いつまでも優しくて、かわいくて、素敵な妻で、母で女性でありつづけなきゃ

いろんな願望・欲望と責任感が絡まってが自分を縛りつけて苦しめていると気付く。

願望も、欲望も悪者じゃない。それが責任と絡まる事が問題だった。

その気持ちの糸を少しずつ解きほぐして、現実に落とし込み、生活を楽にする。

その過程を発信したい、それがこのブログの趣旨です。

現在進行形。

[chat face=”inCollage_20210420_182040703.jpg” name=”私” align=”left” border=”gray” bg=”none” style=””]え?結論から言えって?[/chat]

良いじゃん、なんだかんだここまで読んでくれたんでしょ?笑

SEOなんか無視だよ、この記事は。

好きに書かせてよ、自己紹介だぞ。

私について(概要)

大体こんな感じです。

年  齢 30代なかば
サ イ ズ 結構小さい
家  族 夫と幼児双子(娘と息子)
特  技 愛情込めたきつめのリプライ
好きな事 歌を歌うこと

生い立ちを少々(詳細)

需要有る無し完全に無視して少し私の生い立ちを。時間があって、興味がある人だけどうぞ。

有益な情報は一切ございません。

生まれてから中学までの話(分け方雑か)

少々エモーショナルで不器用な父と、ツンデレからデレを極力消去した母の間に第一子として生まれ、母には

「自己主張の強い個性的な子」

と言われながら育った幼少期。

正統派系の幼稚園で浮きまくって半いじめられっこ状態(だったらしい)で卒園。

小学校も多少その気を引きずりつつ、それでも特筆すべき事の無い小学校生活を無事終了。

中学校でも入学早々、学年トップでやんちゃな男子に目をつけられたけど、先生にタバコ所持をチクって形勢逆転。

約10年後に件の男子に言い寄られるというオチつき(もちろん拒否)

この頃から特定の友人グループに所属する面倒くささとリスクを感じて遊牧民のようにグループを渡り歩くようになって、学生生活がより一層快適になった。

母がコーチしてた&入学当時3年生が強豪だったという理由で卓球部を選択。

真面目なので頑張るつもりだったけど、一つ上と同学年のメンバーのやる気が底辺で、3年生引退後すぐ、転部を決意。

スパルタで有名なバレー部に入部打診したけど

「お前レギュラーだろ?辞めるなよ」

とバレー部顧問に諭され入部できず。

半分ふてくされながら、それでも全うした苦い思い出。環境大事。

高校でのこと

無理して一つレベルが上の高校目指すか迷った結果、やってみたいスポーツの部活動があるのと、家からめちゃ近いという理由で(一番は推薦で入れるから)近くの女子高に入学。

念願のスポーツに思う存分入れ込んだ3年間。

学級委員長になってクラスを牛耳ったり、選挙戦ふざけ倒して雰囲気を制して友達を生徒会長に祭り上げたり、かなり充実した高校生活だった。

環境的に出会い0の中でも頑張って彼氏を作ってたのもこの頃。

友達同士知恵を出し合い、色んな方法を使って出会いの場を作ったけど、一番効果的だったのがアルバイトだった。

ファミレスで週1回しかも4時間のみでOKという異例の高待遇で(店長に超可愛がられた)雇用された。

そこで4歳年上の大学生とお付き合い開始。しかしその時すでに地元での就職が決まっていた彼との残り時間、一年弱。

のめり込む前に別れた方が得策。

誰もがそう思うのだが、初めての本格的な両想い状態(所謂バカップルモード)だったので別れるのは嫌で嫌で。

彼の地元の大学への入学を模索する。

自分の当時の偏差値と、希望する大学の平均偏差値の差は10ほど。一年弱で埋まるとは思えず・・・

しかし、根性の情報収集の結果、かなりチートな方法での受験が可能であると判明。

ちなみに親にはなんて説明したのか?

私:「○○大学に行きたい!」
※↑もろ彼氏地元地名入り大学名

親:「・・・好きにしたら?」

”バカだなこの娘…”

と思われていたに違いない。

元々、受ける大学に大したこだわりが無かったので、家を出る事さえ認めてもらえたらそれでOKな雰囲気だった。

なのでその後は無言で押し切った。

試験日の朝、初めて大学構内に入ったとき「絶対受かる」と直感。

根拠のない自信に後押しされて、手ごたえ十分な面接をすることができた。

結果、本当に受かってしまった。

大学進学、メンヘラ発症

大学に入学したことで、とても失礼な物言いをすると「質の高い友達」がたくさんできた。

それまで、あまり目標を立てて努力する仲間に恵まれなかったので、努力をした結果その場に集まっている人との交流が楽しくて仕方なかった。

大学生活はおそらく人生で一番自由な時間だったと思うが、彼氏の存在のせいで自由が損なわれている感覚があった。

束縛ではない、当たり前の範疇だったと思う。

18の女子が親元を離れ、自分についてきて地元に進学している。

当時の彼は将来の事を意識してくれていたはずだし、半分「保護者」みたいな気持ちで接してくれていたことも分かっていた。

でもそれが少し鬱陶しくなってしまっていた。

ぼんやり、別れたいと思いつづけて半年くらい経過したころ、別に好きな人ができて。

かなりこっぴどく振ってしまった。

そのことで、私自身が病むことにもなった。

割と完璧に生きてきたのに、明らかに私のせいで誰かをひどく傷つけて。その事を自分が受け入れられなくて。

そこからアンバランスな精神を抱えて大学生活を送ることになってしまった。

甘ちゃんだった私が、今まであった大きな支えを手放して精神的に自立することも、本当の意味で覚悟できていなかったのだと思う。

自由を貪って色んなことから逃げて、寄りかかれるものに情けないくらい寄りかかって。

当時の彼氏達には、機会があれば謝り倒したいとさえ思っている。

が、おそらくその機会はないのでここで謝っておこう、ごめん本当に。

アルバイト、飲み会からのカラオケオールに時々勉強。

体調は常に悪くてアトピーも自分史上最悪の状況まで悪化していたけれど、無理して全て前のめりでやっていた。

学生生活について言えば誇れることはほとんどないんだけれど、それでも最後の責任感でちゃんと単位を取って、卒業論文をやっつけて、4年で卒業。そして就職した。

就職

就職一社目は大失敗!笑

これは学びが多いので別記事でまとめようと思う。

https://kamisamanoiutoori.com/investment-condominium-salesman/

東京での生活は性に合わないと思ったのと、単純にお金が無い!

地元でいったん立て直すことに。

1ヶ月後に地元を牛耳る大企業の子会社の総務に滑り込む。

担当は「人事」と聞いて華やかな印象を抱いていたけれど、面接時に総務部長に言われた「泥水を飲むような地味で辛い作業が多い」の意味を身をもって知った。

表面上は優良企業だったけど、ポジションと雇用形態のおかげでブラックに片足を突っ込んだ職場だった。

但し、総務全体を見渡すポジションだったので、2~3年もたてば色んな事がわかって、人間関係がクソだったこと以外はやりがいも感じていて良い職場だったとさえ今は思う。

個性的な自分、最っ高!

という入社時の私は、職場の先輩方にフルボッコにされ可愛がっていただき、人並みに常識と礼儀とわきまえたつまらない立派な社会人に大成長。

旦那と出会う、そして結婚

旦那との出会いはこの会社だった。

新入社員のあれこれを、あれこれするのが私の役割の一つだったので、どんな人が入社しているのかを常に把握することができるポジションだった。

私が入社して約3か月後、上司から履歴書を渡され「今度○○部に配属される人だ」と言われたのが、現在の夫だ。

ファーストコンタクトは履歴書。

履歴書はすごい。

顔写真、学歴、職歴、家族構成まで全て網羅されているのだ。

さながら、一方的なお見合い状態。職権乱用の極みだ
(全国の人事さんごめんなさい)

※実際上司に結婚報告をして「職権乱用だな」と言われた

履歴書を渡されたとき、旦那の顔写真を見てピンと来た。ビビビではなかった。

実際会って思ったのは

「思ってたんと違う」だった。

”スーツ姿がしっくりきていない。

なぜだ?スーツは3割増しのはずだろう??”

疑問が解けないまま手続きは終了、旦那は配属された勤務地(遠方)へ。

しばらくして業務連絡のメールが頻繁に入るようになり、プライベートの連絡先を教えられてからやり取りの場が完全に移行。

お付き合いを開始して分かった事は、服装への頓着の無さだった。顔などの素材は良いのに、着る物が全部台無しにしていることが判明。

スーツはまだ、ましな方だった・・・

唯一の拘りである「着心地と色(緑が好き)」だけ尊重してコントロールしたら見違えてびっくりした。

世の女性に伝えたい。ダサい男性は化ける可能性大。超優良株候補。

旦那とのお付き合いで大きな変化があった。私のメンヘラが収まったのだ。

理由はいくつか考えられるけど、長くなるので割愛。

結婚したけど子供ができなかった

ほどなくして結婚することになり、旦那の住む遠方に引っ越すと同時に退職。

子供はすぐにできてOKだったけど、なかなか授からなかった。

…細かい不妊治療に関しては、別でまとめていこう。

結局、5年目にして双子を授かり、結果としては産み終わりで帳尻が合ったかな?という感覚だった。

ただし、双子でラッキーだと思ったのは最初だけだった。

妊娠・出産・育児

妊娠について
出産について
育児について

どれをとっても長くなるのでそれぞれいつかまとめていくとして・・・

一言で言うなら

ここまでめっちゃつらかった。

以上です。

最後までお付き合いいただきありがとう

長い上に、後半しぼんでいく内容になり大変恐縮です。

そして、こっそり過去の感情を少々成仏させていただきました。なーむー。

過去記事をだいぶ消してリンク張るものが見当たらない・・・これから増やしていけたらいいかな!

今後とも、ゆっる~く更新していくので、また遊びに来ていただければと思います。

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